ヨーロッパの歴史風景 先史・古代編




紀元前 44年、古代ローマでジュリアス・シーザー(カエサル)が暗殺された。


古代ローマの英雄ジュリアス・シーザー(カエサル)

紀元前100年7月、古代ローマの貴族であるユリウス一族のカエサル家に一人の男の子が生まれた。ガイウスと名づけられたその子が、後の英雄ジュリアス・シーザー(ガイウス・ユリウス・カエサル)だった。ちなみに、このシーザー(カエサル)は帝王切開で生まれたんだけど、英語では帝王切開のことをシザリアン・オペレーション(シーザー手術)と言うらしい。

イタリアのなぽりにある国立考古学博物館で見たジュリアス・シーザー(カエサル)像

紀元前60年、40歳となったシーザー(カエサル)は、ポンペイウス、クラッススと共に三頭政治を始めた。軍人としての功績を誇るポンペイウス、資金力のあるクラッスス、人々に人気のあるシーザー(カエサル)の三人が協力して、古代ローマの政治を牛耳ったわけだね。(上の画像はイタリア南部のナポリにある国立考古学博物館で見たシーザー像。)

但し、この三人が仲良しだったというわけではなかった。要は三人のうちの誰も独力では支配を確立できなかったんだ。ポンペイウスは勢力はあったもののそれ故に元老院には嫌われていたし、クラッススは金持ちだったけど大衆の人気はなかった。対するカエサルは人気者だったけど実力は伴っていなかったらしいよ。

シーザー(カエサル)のガリア遠征・ブリタニア遠征

紀元前58年、シーザー(カエサル)がガリア遠征に出発した。更に紀元前55年には彼はブリタニア(今のイギリス)にも遠征している。ガリアのケルト系の人々に対するブリタニアのケルト人の支援を断ち切ろうとしたみたい。

古代ローマの英雄ジュリアス・シーザー(カエサル)が上陸してケルト人と戦ったイングランド南部のチラム城付近

イングランド南部ディール海岸に上陸したシーザー(カエサル)の部隊は、今のカンタベリーの近くにあるチラム付近でケルト系の人々と戦ったらしい。(上の画像はそのチラム付近の風景。)但し、当時の古代ローマにはブリタニアを支配するつもりはなかった。古代ローマ帝国がロンディニウム(今のイギリスの首都ロンドン)を築いたのは西暦43年のことだった。

ガリアに戻ったシーザー(カエサル)の戦いは続いた。紀元前52年にはウェルキンゲトリクスに率いられて蜂起したケルト人を鎮圧している。彼が名高い「ガリア戦記」を著したのは、その翌年のことだった。この「ガリア戦記」は今でも当時のガリアに関する貴重な資料になっているんだそうな。

賽を投げたシーザー(カエサル)

ガリアを征服したシーザー(カエサル)は次第に資金力を貯えていった。しかも、彼と共に戦いを続けた軍団は、忠実な精鋭部隊となっていたんだ。他方で、紀元前53年に三頭政治の一角を成していたクラッススが亡くなった。

残ったポンペイウスは、実力を増しつつあるシーザー(カエサル)に警戒する元老院と手を結んだ。そして紀元前50年、ガリアのシーザー(カエサル)に対してローマに帰還するようにとの命令が伝えられた。

軍団を残して単身ローマに帰還すれば命も危うい。でも、軍団を率いて帰還すれば反逆者とされてしまう。迷った挙句、シーザー(カエサル)は意を決した。ラヴェンナに軍を集めた彼はルビコン川を渡る。賽を投げた彼は軍団を率いてローマへと向かった。

カエサル軍団の進撃に対して、ポンペイウスと元老院はギリシャへと後退した。そのギリシャでの戦いでシーザー(カエサル)はポンペイウスに対して勝利を得た。闘争したポンペイウスはエジプトで殺害されたそうな。

フランス南部プロヴァンス地方の港町マルセイユの風景

自らの決断で軍団を率いてローマに向かったシーザー(カエサル)は賭けに勝ったわけだ。でも、賽を投げたのは彼だけじゃなかった。例えばフランス南部プロヴァンス地方港町マルセイユ(上の画像)はポンペイウスの側に立って戦った。その結果、賭けに敗れたマルセイユは、古代ギリシャ人による建設の頃からの自治権を奪われている。

ローマにおけるシーザー(カエサル)暗殺

ポンペイウスを倒したシーザー(カエサル)は、紀元前46年に任期10年の独裁官となった。その翌年にはユリウス暦を採用している。そして紀元前44年3月、ブルートゥスらの共和主義者によって独裁官シーザー(カエサル)が暗殺されたんだ。

イタリアの首都ローマのフォロ・ロマーノにあるカエサル(シーザー)のフォロ付近の眺め

上の画像はローマフォロ・ロマーノに残るシーザー(カエサル)のフォロ付近の様子なんだ。その近くにはアウグストゥスのフォロも残されている。そのアウグストゥスとは、シーザー(カエサル)の甥にして養子となり、後に古代ローマ帝国の初代皇帝となった人物だね。こうしてヨーロッパの古代史は大きな転換点を迎えたわけだ。

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