リヨンの丘の上のノートルダム・ド・フルヴィエール教会フランス第2の都市リヨンに行けば、そのフルヴィエールの丘の上に立つ白亜のノートルダム・ド・フルヴィエール教会(下の画像)に眼が行くかな。
このリヨンのノートルダム・ド・フルヴィエール教会は、街を見下ろす丘の上の白亜の教会という点で、パリのモンマルトルの丘の上のサクレ・クール寺院と似ているよね。それも、フランスが敗れた普仏戦争の直後に着工されたという点でも二つの教会は共通している。
聖母マリアに捧げられたノートルダム・ド・フルヴィエール教会このリヨンのノートルダム・ド・フルヴィエール教会は、言うまでもないことかもしれないけど、ノートルダム(聖母マリア)に捧げられた教会なわけだ。というわけで、その入り口の上には、下の画像のように聖母マリア(ノートルダム)が人々を見守っている。
このリヨンのノートルダム・ド・フルヴィエール教会が着工されたのは、西暦1872年のことだった。つまりは、普仏戦争でフランスが敗れ、ヴェルサイユ宮殿でドイツ皇帝ヴィルヘルム1世が戴冠式を行った翌年に工事が始まったということだね。
リヨン大司教はガリア(フランス)の首座いずれにせよ、リヨンの人々は聖母マリア(ノートルダム)に深く感謝しているわけだね。(ちなみに、フランスの各地にノートルダム教会・聖堂がある。パリのノートルダム大聖堂、ディジョンのノートルダム教会、マルセイユのノートルダム・ド・ラ・ガルド寺院などなど。)そもそもはリヨンは敬虔なカトリックの街なんだろうね。そんなリヨンの大司教は、ローマ教皇によって西暦1079年にガリア(フランス)のキリスト教会の首座にあるとされたんだ。(イギリスのカンタベリー大聖堂の大司教あるいは大主教のような地位かな。)
上の画像はリヨンの夜景なんだけど、中央の大きな建物が大司教座のあるリヨン大聖堂(サン・ジャン大聖堂)で、その左上に見える丘の上の建物がノートルダム・ド・フルヴィエール教会なんだ。
古代ローマ帝国皇帝のフォロ跡に建てられた教会ちなみに、このノートルダム・ド・フルヴィエール教会は、古代ローマ帝国の皇帝トラヤヌスのフォロの跡地に建てられているんだそうな。
そもそもリヨンは古代ローマ帝国によって築かれた街ルグドゥヌムだったからね。そしてノートルダム・ド・フルヴィエール教会のあるフルヴィエールの丘には、上の画像に見える古代ローマ帝国時代の大きな劇場跡なども残されているんだ。
モナコ公国の大聖堂ついでなんだけど、このリヨンのノートルダム・ド・フルヴィエール教会が完成した西暦1884年に、ニース近くのモナコ公国でも大聖堂が完成している。そのモナコ大聖堂も、このノートルダム・ド・フルヴィエール教会と同じくロマネスク・ビザンティン様式であり、内部は輝くモザイク画で飾られているんだ。ロマネスク・ビザンティン様式は19世紀後半のトレンドだったのかな。ちなみに、このモナコ大聖堂では、元ハリウッド女優のモナコ大公妃グレース・ケリーも眠っているんだ。
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