ヨーロッパの歴史風景 中世編




西暦1248年、フランスの聖ルイ王(ルイ9世)の命により、パリのシテ島にサント・シャペルが完成した。


フランス王ルイ9世(聖ルイ王)と
サント・シャペル(聖礼拝堂)

13世紀のフランスの王ルイ9世。彼は西暦1297年に列聖され(聖人の列に加えられ)ている。資料によれば、建築家、床屋、十字軍、受刑者、病人、フランスの君主など、さまざまな人々の守護聖人ともされているんだよ。

フランス国王にして聖人(故に聖ルイ王と称される)とされたからには、それなりのことをしたんだろうと推測されるよね。その通り。彼は極めて敬虔なキリスト教徒だったらしい。

いつもいつも神に祈りを捧げるだけではなく、対立していたローマ教皇と神聖ローマ帝国の皇帝との関係を仲介したり。しかも二度も十字軍の遠征に参加している。その挙句には西暦1270年に遠征先のチュニスで亡くなっている。

加えて、聖ルイ王(ルイ9世)は、いくつもの教会を建立したり改築したりしているんだ。その代表的な例が、シャルトル・ブルーのステンド・グラスで有名なシャルトル大聖堂かな。

フランスの首都パリの中心シテ島にあるサント・シャペルの外観

そしてもう一つ忘れちゃいけないのが、フランスの首都パリの中心シテ島の観光名所サント・シャペルだね。上の画像の中央よりやや左のとんがった塔のある建物、それがゴシック様式のサント・シャペルなんだけど、西暦1248年にサント・シャペルを完成させたのもフランス王ルイ9世(聖ルイ王)だった。

サント・シャペルの1階

そのサント・シャペルの1階部分が下の画像なんだ。資料によれば、サント・シャペルには教区の為の教会として使われた部分があったみたいなんだけど、きっと1階部分がそうなんだろうね。

フランスの首都パリの中心シテ島にあるサント・シャペルの1階

でも、フランス王ルイ9世(聖ルイ王)は宮殿から直接にサント・シャペルに行けるようにしたらしい。その部分は教区教会の部分とは別なんだろうな。と考えながら、階段を登ってサント・シャペルの2階に向かう。

サント・シャペルの2階にあるバラ窓のステンド・グラス

サント・シャペルの2階では、下の画像のようなバラ窓のステンド・グラスもある。パリ郊外にあるサン・ドニ大聖堂にしても、パリのノートルダム大聖堂にしても、ゴシック様式の教会・聖堂にはお約束のバラ窓だね。

フランスの首都パリの中心シテ島にあるサント・シャペルの2階のバラ窓のステンド・グラス

でも、このバラ窓は15世紀に設けられたものなんだそうな。つまり、ルイ9世(聖ルイ王)はこのバラ窓を見てはいないわけだ。

サント・シャペルに見る世界最大・パリ最古のステンド・グラス

そしてサント・シャペルに2階で眼を驚かせるのは、下の画像にあるステンド・グラス。実はこれでもその一部に過ぎない。とてもじゃないけど、大きすぎて全体を写すことができなかったんだ。

フランスの首都パリの中心シテ島にあるサント・シャペルの2階のステンド・グラス

それほどに大きなものなんだけど、このサント・シャペルのステンド・グラスは世界最大にして且つパリ最古なんだそうな。その素晴らしさは、私のカメラと腕ではとても伝えることが出来ない。是非ともパリのサント・シャペルで、口をぽかんと開いて、自分の眼で見て欲しいものだね。

フランス王ルイ9世とモン・サン・ミシェルの修道院

余談が一つ。このフランス王ルイ9世(聖ルイ王)は西暦1254年にフランス北部にある後の世界遺産 モン・サン・ミシェルの修道院を訪ねている。その際には、島の守りを固めるようにと指図したんだそうな。

その結果、後のフランスとイングランドとの百年戦争の際には、ノルマンディー地方の大部分がイングランドの手に落ちても、ただモン・サン・ミシェルは孤軍奮闘したというわけだね。ブルターニュ地方にある中世の港町 サン・マロもモン・サン・ミシェルを支援したけど。

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