アグリッパによって建てられたローマのパンテオンイタリアの首都ローマに残る古代ローマ帝国時代の建物といえば、フォロ・ロマーノで見る神殿跡やコロッセオ(円形闘技場)が頭に浮かぶよね。でも、パンテオンも古代ローマ帝国時代の建造物の代表的な存在だね。
このパンテオンは、古代ローマ帝国の初代皇帝アウグストゥスの命によって、アグリッパが紀元前25年に建てたもの。上の画像はパンテオンの破風なんだけど、左端に AGRIPPA (アグリッパ)と記されているね。(Aの文字がちょいと切れているけど。)
皇帝ハドリアヌスによって再建されたパンテオンとはいえ、アグリッパによって建てられたパンテオンは、西暦80年に火災で焼け落ちてしまったそうな。その再建工事を西暦118年に始めたのが皇帝ハドリアヌスだった。(皇帝ハドリアヌスはスコットランド国境に残るハドリアヌスの長城を築いた人物でもある。)
というわけで、今の私たちがローマで見ることのできるパンテオンは、実はアグリッパによって建てられたものではない。でも、皇帝ハドリアヌスは敢えてアグリッパの名を記したらしい。(上の画像は今のパンテオンの正面の円柱などの様子。)
古代からのイタリアの歴史の記念碑となったパンテオンそんなパンテオンの正面入口の扉が下の画像なんだけど、2000年前の鉄製のものなんだそうな。
その扉からパンテオンの中に入れば、直径43メートルのドームに設けられた窓から一条の光が差し込んでいる。それが時と共に動き、内部の表情を変えていくわけだ。
パンテオン近くのナヴォナ広場パンテオンの近くにあるナヴォナ広場(下の画像)は、古代ローマ帝国時代の競技場だった。パンテオンまで来たならば、ついでにナヴォナ広場も見ておきたいよね。
このナヴォナ広場には、イタリア・バロックを代表する彫刻家ベルニーニによる四大河の噴水などもある。お見逃しなきよう。
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