ヨーロッパの歴史風景 先史・古代編




紀元前 721年、メソポタミアのアッシリアで、サルゴン2世が即位した。


アッシリア王サルゴン2世の宮殿の守護獣神像

イギリスの首都ロンドンにある大英博物館古代オリエント関連の展示のコーナーでも目立っているものといえば、下の画像の像じゃないかな。

イギリスの首都ロンドンの大英博物館で見た古代アッシリアの宮殿の守護獣神像

この像は、アッシリアの王サルゴン2世の宮殿跡で発見された守護獣神像なんだそうな。

イスラエル王国を滅亡させたアッシリア王サルゴン2世

紀元前721年、メソポタミアのアッシリアでサルゴン2世が王として即位した。彼はアッシリアの宿敵だったウラルトゥを破り、更には旧約聖書にも記されたイスラエル王国をも滅亡させたんだそうな。

他方でサルゴン2世はホルサバードあるいはドゥル・シャルッキン(サルゴンの城砦を意味する)に都を築き、そこに王宮を造営している。その王宮で発見されたのが、上の画像にある守護獣神像だった。

紀元前710年頃に作られたと考えられるこの像は、アッシリア語でアラドラムあるいはラマッシュと呼ばれたらしい。正面からは2本の足、横からは4本の足、斜めからは5本の足を見ることができるこの像は、王宮の装飾であり且つ守護神だったんだそうな。

サルゴン2世の宮殿は19世紀にフランス人によって発掘されたらしい。彼らはこの守護獣神像を運び出そうとしたものの、あまりの重さに諦めたんだそうな。なんせこの像は高さ 4.4メートル、長さ 4.4メートル、重さ 16トンもあるらしいからね。無理もない。

イギリスの首都ロンドンの大英博物館で見た古代オリエント関連の展示のコーナー

そして西暦1846年にこの像を買い取ったのがヘンリー・ローリンソンなる人物。彼はこのアッシリアの守護獣神像をいくつかの部分に切って運ぶことに成功した。その結果、私たちはロンドンの大英博物館でこの像を見ることができるというわけだね。

アッシリアによるオリエント統一と滅亡

そんなアッシリア王サルゴン2世は紀元前705年に亡くなっている。その後、紀元前680年にアッシリア王となったハサルドンは、エジプトにも侵入して一時はオリエントを統一することに成功したんだそうな。

紀元前668年にアッシリア王となったアッシュールバニパルは、再びエジプトに侵入し、古代エジプトの都だったこともあるテーベ(現在のルクソール)まで攻略したこともあった。

ところが、西暦614年にはメディア王国と新バビロニア王国の連合軍の攻撃を受け、西暦612年にはアッシリアの首都ニネヴェも陥落し、一時はオリエントを統一したアッシリアも滅亡してしまったんだそうな。

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