バルセロナの聖家族教会の建設を担うガウディが事故死スペイン北東部カタルーニャ地方の州都バルセロナで聖家族教会(サグラダ・ファミリア)の建設が始まったのは西暦1882年のことだった。ところが、その翌年には初代建築家が辞任してしまった。聖家族教会の建設が始まっていきなりの困難だった。そして、後任として聖家族教会の建設を担うことになったのがガウディだった。(下の画像は聖家族教会の塔の上から見下ろした工事現場。)
当初は聖家族教会以外にもバトリョ邸・ミラ邸やグエル公園などにも携わっていたガウディだった。でも、やがてガウディは他の仕事を断り、聖家族教会に専念するようになっていった。ところが、そんなガウディがバルセロナ市内を走る路面電車に轢かれてなくなったんだ。またもや聖家族教会が困難に直面したわけだ。
スペイン内戦とバルセロナの聖家族教会それでもガウディの図面や模型が残っている。彼の教えを受けた弟子たちや一緒に働いていた部下たちがいる。ガウディの死を乗り越えて、聖家族教会の工事は続けられたわけだ。(下の画像はバルセロナにそびえる聖家族教会の塔。)
ところが、またもや聖家族教会を困難がみまうことになった。西暦1936年に軍部の反乱によるスペイン内戦が始まったんだ。政府軍の拠点となっていたバルセロナの街は、反乱軍の重要な攻撃目標となっていた。
スペインやカタルーニャの財政危機と聖家族教会そんなこんなで次々と直面する困難を乗り越えて続けられている聖家族教会の建設なんだけど、基本的にはその資金は人々の寄付によって支えられている。そんなわけで完成するのは100年後、あるいは200年後とも言われていた。ところが、西暦1992年のバルセロナ・オリンピックやガウディの作品の世界遺産登録などもあり、人々の寄付に加えて聖家族教会の入場料収入も増加したらしい。その結果、聖家族教会の完成予定時期は西暦2026年(ガウディ没後100周年)とされたんだそうな。(下の画像は聖家族教会の生誕の門を飾る彫刻。)
ところが、西暦2012年になって次の困難が聖家族教会を待ち受けていた。ギリシャの財政危機に端を発したユーロの混乱、加えてスペインの財政危機、更にはカタルーニャ地方の財政危機、それを契機とするカタルーニャ自治政府と中央政府との対立 ・・・ などなど。
完成した聖家族教会を見にバルセロナへ行きたいかつてバルセロナで聖家族教会を訪れた時、私が生きている間に完成することはないだろうと思っていた。聖家族教会が完成する頃には、ヨーロッパの統合が更に進み、国境なんて無くなっているかもしれないと思っていた。スペイン政府とバスクやカタルーニャとの対立も過去のものになるのだろうと思っていた。
まだまだ当分はヨーロッパの中の国境は消えそうもないけど、スペイン国内のガタガタも無くなりそうもないけど、でも私が生きている間に聖家族教会が完成したらうれしいよね。完成した聖家族教会を見る為に、もう一度バルセロナまで行きたいもんだ。(上の画像は聖家族教会の中のショップで買った指ぬき。)
All rights reserved 管理・運営 あちこち三昧株式会社 このサイトの画像 及び 文章などの複写・転用はご遠慮ください。 |