鏡のように静かなフィヨルドの水面(ノルウェー)まずは、下の画像に写っている北欧の国ノルウェーのフィヨルドの風景を見てくれるかな。入り組んだフィヨルドの奥までは北大西洋の荒波も届かず、まるで鏡のような水面に雪を頂く山々や緑の森が映っているよね。何の音も聞こえないような平和な風景。 こんな静かなフィヨルドの奥にも、世界の荒波が押し寄せてきたことがあるんだ。それが第二次世界大戦さなかの西暦1940年のことだった。 ナチス・ドイツ軍によるノルウェー侵攻作戦西暦1939年10月10日、ドイツ海軍のレーダー司令官が、デンマーク・ノルウェーに対する奇襲占領計画をヒトラー総統に提出。それを受けたヒトラーは、西暦1940年1月16日にドイツ国防軍司令部に対して、デンマーク・ノルウェーへの侵攻計画の立案を指示したんだ。その1ヵ月半後の西暦1940年3月1日、ヒトラーは正式にデンマーク・ノルウェーへの侵攻命令を下した。その目的は、北欧を支配下に置きイギリスに対する軍事的な圧迫を加えることと、スウェーデンの鉄鉱石を確保することにあった。 そして西暦1940年4月9日、ドイツ海軍がデンマーク・ノルウェーに対する上陸作戦を開始する一方で、ドイツ陸軍の機械化部隊がデンマークを蹂躙。その日のうちにデンマークは降伏を余儀なくされた。 ナチス・ドイツ軍に抵抗を続けたノルウェー軍ところが、ノルウェー軍は上陸したナチス・ドイツ軍に抵抗を続けたんだ。その拠点となったのが、複雑なノルウェーの海岸線だった。(下の画像は、上空を飛ぶ飛行機から撮影したノルウェー南部の海岸線。)しかも、ナチス・ドイツ軍がノルウェーに侵攻したのは、春まだ浅い 4月のこと。ノルウェーの険しい山々には雪が残り、ナチス・ドイツ軍の行動を制約したわけだ。(下の画像は、まだまだ雪深い5月下旬のノルウェーの山の様子。) ナチス・ドイツ軍によるノルウェー占領ノルウェー政府や国王ホーコン7世が内陸部に逃れていた間も、ノルウェー軍は山間部やフィヨルドでナチス・ドイツ軍に抵抗を続け、それを連合国軍が支援していたらしい。しかし、圧倒的に優勢なナチス・ドイツ軍はノルウェー南部から次第に制圧していった。そこへ追い討ちをかけたのが、連合国軍のノルウェーからの撤退だった。ナチス・ドイツ軍がヨーロッパ大陸の西部戦線で攻勢をかけ、それに対応するために連合国軍はノルウェーから撤退したというわけだ。 ちなみに、ナチス・ドイツ軍がデンマーク・ノルウェーを占領すると、イギリス軍はアイスランドを占領している。当時のアイスランドはデンマークと同君連合を組んでいたんだけど、北大西洋上のアイスランドまでナチス・ドイツの支配下に入れば、イギリスは孤立してしまうと懸念したんだろうね。
ロンドンにおけるノルウェー亡命政権やがて西暦1940年6月7日、ノルウェー政府と国王ホーコン7世は母国脱出を余儀なくされ、ノルウェー全土がナチス・ドイツ軍によって制圧された。脱出したノルウェー国王と閣僚達は、イギリスの首都ロンドンに亡命政権を樹立し、ナチス・ドイツに対抗し続けた。余談ながら、そのノルウェー亡命政権の活動を支えたのが、当時世界第二位の規模を誇った海運国ノルウェーの商船からの収入だったらしい。 やがてナチス・ドイツが敗北し、ノルウェー国王ホーコン7世が母国へ帰還したのが、脱出からちょうど5年後の西暦1945年6月7日のことだった。
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