ヨーロッパの歴史風景 近代・現代編




西暦 1917年、巡洋艦オーロラ号の号砲を合図にボルシェヴィキが武装蜂起し、ロシア十月革命が始まった。


巡洋艦オーロラ号とエルミタージュ美術館(冬の宮殿)

ロシアの古都サンクト・ペテルブルクを流れるネヴァ川のほとりを、1999年の夏に撮影したのが下の画像なんだ。係留されている船は、巡洋艦オーロラ号。その横の建物はエルミタージュ美術館(あるいは冬の宮殿)。初夏の青空の下、気持ちの良い景色でしょ。

ロシアの古都サンクト・ペテルブルクを流れるネヴァ川に係留されている巡洋艦オーロラ号(復元)

だけど、上の画像が象徴しているのは、1917年に起こったロシア十月革命なのかもしれない。巡洋艦オーロラ号(上の画像に写っているのは復元)はロシア十月革命の主役だし、エルミタージュは革命の舞台と言うことも出来るから。

ボルシェヴィキ武装蜂起とロシア十月革命

第一次世界大戦も終盤に近づきつつあった西暦1917年十月24日の深夜、レーニン配下のボルシェヴィキ武装勢力が行動を起こした。彼らの標的はロシア帝国の都サンクト・ペテルブルク市内にある橋、鉄道、電話局などの要所だった。当時の政権を担っていたケレンスキーは、直ちにサンクト・ペテルブルクを脱出した。

夜が明けて十月25日、ネヴァ川に停泊していた巡洋艦オーロラ号から、大砲の音が鳴り響いた。それを合図に、市内各地に潜伏していたボルシェヴィキの武装勢力が一斉に蜂起した。

ロシアの古都サンクト・ペテルブルクのエルミタージュ美術館にあるゲオルギーの間(大玉座の間) やがて、エルミタージュの宮殿を警護していたコサック兵や士官候補生たちも宮殿を見捨てて逃げ出した。

宮殿内に立て籠もっていた内閣の閣僚達は、踏み込んできたボルシェヴィキの兵士たちに逮捕された。

右の画像は、現在のエルミタージュ美術館の一角にある「ゲオルギーの間(大玉座の間)」。ここにもボルシェヴィキの兵士たちが入ってきたんだろうね。

ロシア十月革命は成功し、レーニンの指導するボルシェヴィキが政権を掌握した。やがて、ロシアを中心としてソ連(ソビエト連邦)が形成されることになるわけだ。

ロシア皇帝のシャンデリア

ちなみに当時のロシア皇帝ニコライ2世は、革命勃発前にシャンデリアを発注していたらしい。ところが、革命勃発の結果として発注していたシャンデリアを受け取ることが出来なくなってしまった。

行き場を失ったロシア皇帝のシャンデリア。そのシャンデリアを実は見ることができるんだ。フランス南部コート・ダジュールの街ニース海岸通プロムナード・デ・ザングレにある老舗のネグレスコ・ホテル、そのロビーにロシア皇帝が発注していたシャンデリアが輝いている。

バカラのクリスタルを1万6千個以上も使ったシャンデリア。重さも1トン以上もあるんだそうな。その豪華さとロシア皇帝ニコライ2世一家の運命のコントラストが強烈だよね。

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